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オーナーベーシスト・平沼昇一の経歴
福岡県出身。
子供の頃から音楽に興味を持ち、中学でブラスバンド部に入ってからますます音楽に傾倒する。
京都外国語大学に入学して軽音楽部のモダンジャズセクションに入部し、ジャズと出会う。
最初はトランペットを吹いていたが、ベースセクションに空きがあり、先輩の勧めもあってベースに転向。
大阪・心斎橋ヤマハのジャズベース教室で真鍋氏にジャズベースの基礎を教わる。関西ジャズ界の重鎮であるベーシストの宮本直介氏は大師匠に当たる。
学生時代はポール・チェンバースのベースを主に研究し、同時にオスカー・ぺティフォード、レイ・ブラウン、ロン・カーター、スコット・ラファロ、チャック・イスラエル等のベーシストからも影響を受ける。
プロのミュージシャンを目指してジャズ一筋に打ち込んでいたが、卒業時に最も現実的な選択をして、アパレル大手の(株)ワールドに入社。
ワールド社の第1号海外駐在員としてフランスに渡り、その後、フランス
→ 香港 → フランスと駐在を続け、フランス計11年、香港2年、合計13年の駐在を終えて1992年に日本に帰国する。
1回目のフランス時代はワールドフランス社を設立し社長として同社を運営。また、2回目にフランスに戻ってからは、ワールドが買収したフランス人デザイナーブランド、Chantal
Thomass社の社長として、同社の倒産からの再建に尽力し、パリ・コレで毎シーズンファッションショーを開催。
帰国後はワールドグループの商社である(株)ワールドテキスタイルの取締役貿易事業部長に就任。その後、高名なコシノファミリーのゴッドマザーである故小篠綾子先生から、末娘の小篠美智子氏の「ミチコ・ロンドン」ブランドを展開する(株)ミチココシノジャパンへの誘いを受け、1996年末にワールドを退職し、1997年初にミチココシノジャパンの代表取締役社長に就任。
「ミチコ・ロンドン」ブランドを積極的に展開し、同社の業績を飛躍的に向上させて頑張っている最中の1999年6月に胃癌が見つかる。即入院、即手術で胃を全部摘出する。
病後に体力的にビジネスで海外への出張などで飛び回ることに限界を感じ、長年の夢であったミュージシャンとしての活動を開始する事を決断。2001年6月にミチココシノジャパンの社長を辞職する。
2001年12月にGreen Dolphinをオープン!
2003年9月に神戸市と協力して、神戸ジャズCITY委員会を設立し、副委員長に就任。
現在、Green Dolphinを運営しながら、同委員会のジャズマップの編集・制作、ホームページの制作・管理、イベントの企画・開催などの活動を行っている。
神戸ジャズストリート、神戸ジャズウォークに会場として参加し、ミュージシャンとして出演。
NHK神戸放送局のジャズライブ神戸に十数回出演。
2006年5月、「がんサポート」誌5月号に5ページにわたって平沼昇一の記事が掲載されました。
 



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